横浜地方裁判所横須賀支部 事件番号不詳 判決
主文
被告人辺見俊量を懲役四月に処する。
被告人辺見俊量に対する公訴事実中詐欺の点及び荒山八重子、堀田雪枝、間宮次雄、出口キク子、山田静江、上滝秀子、吉田せい子、北山八重子、柴田栄子、片江きよ子、石井文子、大橋由喜子、中条芳子に対する脅迫の点は無罪。
被告人笹口晃は無罪。
訴訟費用中証人増井幸子、同谷口久子に給した分は被告人辺見俊量の負担とする。
理由
被告人辺見俊量は横須賀市上町三丁目五六番地において入舟楼の屋号で、カフエー業を営むものであるが、
第一、昭和二十五年三月二十七日頃より同年六月二十四日頃迄の間に、前記営業所において、増井幸子外十名の婦女と各別に同女等が被告人の指図で売淫をし、よつて得た利益の六分又は五分を被告人が取得する旨の特約をし、引き続き、前記営業所その他の場所で、同女等に指図して売淫させ、(婦女の氏名、特約年月日、売淫をさせた期間の詳細は別表の通りである。)以て、夫々婦女に売淫をさせることを内容とする契約をし、
第二、笹口晃の依頼により、同人の主唱で、結成準備中の(主として占領軍兵士相手の)横須賀在住売淫婦の団体(仮称白百合会)の結成に協力し、入会者の勧誘などに従事していたところ、折柄、被告人と利益分配の特約ある売淫婦の間に、利益分配の不平から、その特約を破棄し独力で、売淫稼業をしたい意向が現れたのでこれを防止するため一般に、検挙及び占領軍当局の横須賀追放命令が、売淫婦の恐怖の的である事実を利用し、昭和二十五年七月頃、前記営業所において、被告人と利益分配の特約ある売淫婦米山幸子、増井席子、谷口久子の三名に対し、各別に「被告人と手を切れば、白百合会に入会出来ない。白百合会に入会しなければ、横須賀で売淫稼業が出来なくなる。入会しないで商売をすれば、M・Pに検挙せられ、横須賀から追放せられる。」旨同女等を畏怖せしむべき事実を告げ以て夫々脅迫し
たものである。
(立証省略)
法令を適用すれば、被告人辺見の第一の各所為は、昭和二十二年勅令第九号第二条、罰金等臨時措置法第二条第一項に、第二の各所為は刑法二二二条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項に該当するが、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるので、それぞれ所定刑中懲役刑を選択した上、同法第四七条、第一〇条を適用し、法定の加重をした刑期範囲内で被告人辺見を懲役四月に処する。
被告人辺見俊量に対する主文第二項掲記の者等に対する脅迫の公訴事実については、その証明が十分でない。
被告人両名に対する詐欺の公訴事実の要旨は
被告人等は共謀の上、横須賀市内で占領軍兵士を相手に売淫を業とする婦女(散娼婦)を集め、白百合会なる団体を結成せしめ、会費を徴集しそれより、家賃、権利金、水道料、電灯料、用心棒雇入料等名下に利益を得ようと企て、昭和二十五年六月末頃から同会結成の準備をし、同年八月四日発会式を挙行したものであるが、その間横須賀市大滝町所在第二クラブにおいて直接又は間接に横須賀市汐入町四丁目二六番地宮田とし江外一七八名の散娼婦に対し、神奈川県性病予防委員会で認めた横須賀市内検診医による検診制度が汎く一般散娼婦を対象とするものであつて白百合会とは何の関係もないものであるにかかわらず、右検診医は白百合会から指定せられたものであつて、会員でなければ、その検診証明が受けられない旨及び散娼婦に対し性病に罹患していないと証明するような会員票や会員章を付与することは禁止せられているにもかかわらず、白百合会はM・P、警察の公認を得ているから、白百合会の会員票や会員章を所持している散娼婦は警察の検挙を免れ、仮に検挙されても直ぐ釈放せられる旨虚構の事実を申向けて、その旨誤信せしめ、因つて同人等をして、白百合会に入会せしめた上一人当り会費三ケ月分三百円合計五万三千七百円を同年七月末頃より同年八月四日までの間に納付せしめ、これを騙取したものであるという。
よつて按ずるに、関係者の当公廷における証言及び検察官の面前における供述(調書)に依ると
一、白百合会の設立準備会において、被告人笹口が、多数の散娼婦に対し、白百合会に関する説明をした事実
一、右設立準備会に出席した散娼婦の一部の者及び出席しなかつた散娼婦の一部の間に、公訴事実にあるような虚構の事実が流布せられた事実
一、右虚構の事実を信じて、白百合会に入会し会費を納入した散娼婦が多数あつた事実
は認められるようであるが、右散娼婦間に流布せられた虚構の事実が果して被告人笹口に依つて、前記設立準備会の席上、散娼婦に告げられたものであるかどうかという点については、前記設立準備会に出席した多数の散娼婦の証言及び供述(調書)の中或るものはこれを肯定し、或るものはこれを否定して一致するところがない。
しかし、横須賀市三浦郡医師会長である証人原田三郎の証言によると同人は、被告人笹口の依頼により、前記設立準備会に出席し性病の予防と指定検診に依る検診制度について説明をした際、散娼婦の質問に答え「指定検診医は、白百合会の会員以外の者でも、当然利用され得る。」旨明言した事実及び横須賀市厚生課長である証人石田武夫の証言に依ると同人も、被告人笹口の依頼に依り前記設立準備会に出席し性病の予防と指定検診医の検診制度について、説明をしたがその席上散娼婦から「指定検診医の検診は、白百合会の会員以外の者には受けさせないこと。」及び「白百合会の会員章を持つている者は、検挙しないこと。」の二点を要求せられ、これを拒絶した事実が明かであるから、被告人笹口が同一場所で、これと矛盾する前記虚構の事実をあえて公言したということは、甚だ疑わしい。
更に被告人笹口に、詐欺の犯意殊に、会費領得の意思があつたという事実もこれを認める証拠がない。却つて前記原田、石田両証人及び証人村山午朔の当公廷における各証言及び被告人笹口の司法警察員竝に検察官の面前における各供述(調書)に依ると、被告人笹口が白百合会の結成を決意した当時の事情として、
一、被告人笹口は日本社会党に所属する政治家(前代議士)で横須賀市散娼婦問題には常に関心を持つていたがたまたま一散娼婦の言葉に依り、散娼婦を検診する特別の病院が現在、横須賀市内にないのは不便であるから是非これを作つてほしいという希望が一部の散娼婦の間にあることを知り、昭和二十五年六月二十三日頃神奈川県衛生部長村山午朔を、同県庁に訪ね、陳情した事実
一、その際同部長は、被告人笹口に対し、「県としては、新たに横須賀市内に病院を建設する意思はないがこの問題については、すでに横須賀市三浦郡医師会が主体となり、横須賀市内に検診医を指定し、散娼婦を検診させる制度は計画中である。」旨説明し被告人笹口は始めてこのことを知つた事実
一、被告人笹口は同年六月二十五、六日頃、前記原田医師会長及び石田厚生課長を夫々訪問し、指定検診医に依る検診制度の説明と、この機会に散娼婦の団体を結成することについての贊否の意見を求めた事実
が認められ、又証人桜井はる、同上滝秀子、同今野愛子及び同松田栄子の各証言に依ると、
一、白百合会の役員には会長、副会長、会計その他があるが、すべて会員である散娼婦自身の互選に依り決せられ被告人笹口は勿論被告人辺見もいかなる役員にも就任しなかつた事実
一、徴収した会費は、会計である松田栄子が保管していた事実
一、被告人笹口は主たる役員に対し「自分は白百合会が結成する迄は援助するが結成後の会の運営は、会員が自主的にするように」と要望していた事実
一、被告人笹口は勿論被告人辺見も白百合会から何らの報酬を受けず、また、受ける約束もなかつた事実
が認められ、これらの事実は、むしろ、被告人笹口に詐欺の犯意がなかつた事実を示すものといえる。尤も
一、被告人笹口が、横須賀市大滝町一丁目四番地国民ビル内の借り事務所を一ケ月金二千五百円の賃料で、白百合会に転貸した事実
一、被告人笹口がその妻の兄に当る宮内一栄、及び被告人辺見の友人に当る佐藤亘を一ケ月金八千円乃至一万円の給料で白百合会に雇傭せしめた事実
も証拠に依り認められるが、この事実のみに依つて、被告人笹口に、詐欺の犯意を認めることは到底不可能である。
次に、被告人辺見は被告人笹口の友人安藤馬吉の妹婿であり且つ、横須賀市内に、カフエー業を営んでいる関係上特に被告人笹口の依頼を受け散娼婦の招集、集会の整理、入会の勧誘等に助力していたに過ぎない事実が、証拠に依つて認められ、被告人辺見についても、同人に詐欺の犯意を認める証拠がない。
よつて被告人辺見に対する主文第二項掲記の者等に対する脅迫、被告人両名に対する詐欺の各公訴事実はその証明がないので刑事訴訟法第三三六条に則り無罪の言渡をする。
なお刑事訴訟法第一八一条第一項に依り主文第四項掲記の訴訟費用は、被告人辺見の負担とする。
よつて主文の通り判決する。(昭和二六年八月三一日横浜地方裁判所横須賀支部)
(別表省略)